私は今回、「中・東欧諸国における第二次世界大戦の歴史と記憶」という研究課題でポーランドおよびリトアニアで調査等を行った。
リトアニアでは、国立図書館で1989年から2010年までヴィルニュスで発行されていたリトアニア・ユダヤ人コミュニティの新聞『リエトゥヴォス・イェルザレ』(Lietuvos Jeruzalė)を調査した。この資料には反ユダヤ主義関連の事件に対するユダヤ人コミュニティの声明などは掲載されていた。当初は在イスラエル・リトアニア系ユダヤ人団体の歴史記憶に関する声明などもこの『リエトゥヴォス・イェルザレ』に掲載(もしくは転載)されていると期待し、それに関する記事を探したが、期待していた内容を含む記事等は残念ながらあまり見つけられなかった。今回資料調査にあたっての課題の一つとしていた、リトアニアに住むユダヤ人とイスラエルに移住したリトアニア系ユダヤ人のあいだでリトアニアにおけるホロコーストの記憶に違いが見られるのかという点については、今後別の観点から調査を行いたい。なお、同図書館では関連する二次資料の調査・複写も行った。
ポーランドでは、ワルシャワ大学図書館とポーランド国立図書館で資料調査を行った。ワルシャワ大学図書館ではポーランド国内で発行されている学術雑誌を中心に資料調査を行い、合わせて関連する二次資料の調査・複写も行った。国立図書館では1930年代のポーランドにおけるポグロムに関する二次文献の調査を行った。
図書館が休館となる週末は、各地の歴史博物館の視察を行った。訪れたのは、第七要塞博物館、第九要塞博物館(以上カウナス)、ジェノサイド犠牲者博物館(ヴィルニュス)、ポーランド・ユダヤ史博物館、パヴィアク刑務所博物館、カチン博物館、ワルシャワ蜂起博物館、ワルシャワ博物館(以上ワルシャワ)、闘争殉教博物館(トレブリンカ)、マイダネク国立博物館、ルブリン城博物館(以上ルブリン)、第二次世界大戦博物館、欧州連帯センター博物館(以上グダンスク)である。また、合わせて歴史に関わる記念碑も訪れた。各地の博物館における歴史の描写の違いなどから歴史に関する記憶について学ぶことも多かったが、それをどのように学術的な成果につなげていくのかが今後の課題となる。
9月19日にはワルシャワ大学社会学研究院社会記憶研究室のセミナー “Japanese Perspectives on Memory in Central and Eastern Europe” にて口頭発表を行った(発表のタイトルは “Evaluations Unsettled: Historical Views of the Genocide Centre and the International Commission in Lithuania”)。セミナーにはルブリンやヴロツワフなど他の都市から参加してくださった方もおり、予想を上回る数の参加者に恵まれた。3人のコメンテーターからは辛辣なものも含めて多くのコメントをいただいた。いずれも今後研究を進めていくにあたって重要な指摘であり、申請者の現在の研究が抱える新たな課題も発見することができた。このセミナーの成果をもとに、さらに研究を進めていく所存である。
そのほか、9月14日にはルブリンの東中欧研究所を訪問し、研究所所長や研究員の方々と面会し意見交換を行った。研究員の方々の興味関心の対象が私の研究にも近いことが分かり、共同研究の可能性も感じられた。今後、何らかの形で東中欧研究所と接点を持ち続けられればと思っている。
2018年3月28-30日、The 25th International Conference of Europeanistsで、パネル"Citizenship and memory in Eastern Europe and East Asia: A Comparison”を開催しました。パネルの内容は以下の通りです。
- 趣旨説明
- 橋本伸也(関西学院大学)
- 報 告1
- Ideology or Racism: Historical Origin of Immigration Control Bureau in Postwar Japan
朴沙羅(神戸大学) - 報 告3
- Memory of ‘Compatriots’ and Defining the Boundary of Korean National Community
李スンミン(早稲田大学・大学院) - 報 告3
- History, ‘Christian Nationalism’, and Neoliberal Politics in Contemporary Hungary
姉川雄大(千葉大学) - ペーパー
- Citizenship and (re)Imagined National Communities in Post-Communist Romania and Hungary
Constantin Iordachi (中央ヨーロッパ大学) - コメント
- Carol Gluck(コロンビア大学、アメリカ)
Zuzanna Bogmil(社会学研究所、ポーランド)
2018年3月28日~30日にかけてシカゴで開かれた第25回International Conference of Europeanistsに、本大会のテーマであるEurope and the World: Mobilities, Values and Citizenshipに合わせ、Citizenship and Memory in Eastern Europe and East Asia: A Comparisonと題するパネルを組織して参加しました。
橋本伸也氏(関西学院大学)による趣旨説明の後、朴沙羅氏(神戸大学)による第一報告Ideology or Racism: Historical Origin of Immigration Control Bureau in Postwar Japanでは、第二次世界大戦終戦直後の日本において、朝鮮人が非正規入国者とされていく過程が資料とインタビューに基づき明らかにされました。李スンミン氏(早稲田大学・大学院)による第二報告Memory of ‘Compatriots’ and Defining the Boundary of Korean National Communityでは、在外朝鮮人をめぐる記憶と語りの変化にともなって、彼らと韓国の法的・感情的関係も変化する様子が描かれました。これらアジアの事例に対し、姉川雄大氏(千葉大学)による第三報告History, ‘Christian Nationalism’, and Neoliberal Politics in Contemporary Hungaryでは、現在のハンガリーにおいて、政府が発信する歴史認識が、非ハンガリー人、難民、貧困者などの排除の論理と表裏一体になっていることが指摘されました。こうしたハンガリーの現代政治の分析を国籍政策の面から補完するはずであったConstantin Iordachi氏(中央ヨーロッパ大学、ハンガリー)は諸事情により参加がかなわず、ペーパーのみでの貢献となりました。
これらに続き、司会の小森宏美(早稲田大学)がエストニアとラトヴィアの事例について補足的な情報を提供した後、Carol Gluck氏(コロンビア大学、アメリカ)とZuzanna Bogmil(社会学研究所、ポーランド) からのコメントの中では、東欧でもアジアでも冷戦期に凍結されていた記憶が解凍されたこと、また、現在の国家/国民関係については、国籍のエスニック化が広く共通する現象として見られ、依然として民族帰属に基づく国籍制度が優勢であることが強調されました。
ヨーロッパを対象とする学会において、アジアとの比較の視点を持ち込んだ本パネルはユニークであったために関心を呼び、また、この機会に近しい問題関心を持つ各国の研究者らとの意見交換を行うことができました。