今回の滞在において、私はポーランドのヴロツワフ、ドイツのボン(ケーニヒスヴィンター)、マールブルクの三都市で資料調査を実施した。研究課題名は「ドイツ・ポーランド境界地域の史的研究―20世紀のシュレージエン/シロンスクを中心に」というものであり、中心的なテーマが2つある。ひとつは戦間期のシュレージエンにおける分離主義運動である。第一次世界大戦後の当該地域でドイツ、ポーランド、チェコスロヴァキアから独立した新国家「オーバーシュレージエン自由国」の建設を目指したグループ、「オーバーシュレージエン人同盟/グルヌィシルンスク人同盟」の活動を分析するものである。これは近年注目されている「シュレージエン人」を含めた複合的な立場から歴史を捉えようとする試みである。二つめに、戦後のシュレージエンにおける住民移動の研究である。日本ではドイツ史の観点から「ドイツ人の追放」については幾つかの研究があるが、ポーランド史にとって重要な「送還」問題はほとんど知られていない。「送還」とは、「ドイツ人の追放」によって空いた土地に、現在のウクライナ西部やポーランド東部から数百万のポーランド系住民が移送させられた出来事を指す用語である。現在の中東欧の住民構成を作り上げたのはこの全体的な住民移動であり、それは必ずしも「ドイツ人の追放」だけで理解することはできないだろう。今回の調査では、特に戦後の住民移動についての基礎文献を網羅的に収集しようというのが大きな目的であった。
この資料収集に関して、ポーランドとドイツの全ての滞在地において大きな成果が得られた。最初の訪問地では、ヴロツワフ大学図書館を主な調査地としたが、ここには膨大な数の、ポーランド語による「追放」と「送還」の研究書や史料集が所蔵されており、それらの閲覧とコピーを行った。次に、ドイツ・ボン近郊の「ハウス・シュレージエン」を訪問した。この施設は、1970年代後半にシュレージエンからの「被追放民」たちによって建設された展示・研修施設であるほか、図書館や資料庫も併設されている。ここでは、そのような施設の建設された歴史的特性を活かし、「戦後の西ドイツ社会におけるシュレージエンからの被追放民」に関する史資料を閲覧・収集した。最後の資料収集地となったのは、マールブルクである。この都市にはヘルダー中東欧史研究所という施設があり、その附属図書館にはドイツ語で書かれた中東欧史に関する膨大な文献が所蔵されている。私はこの図書館で、戦間期の分離主義運動についての文献収集を行うと同時に、戦後の住民移動を研究する上での必須文献の収集に注力した。例えば、『ヨーロッパ東方のドイツ史シリーズ』、『オーデル・ナイセ以東のドイツ人:1945-1950』(ドイツ語・ポーランド語)などの文献は、日本の大学ではほとんど所蔵のない貴重なものである。
11月5日には、ルール大学ボーフムのセミナーにおいて英語での研究発表を行った。このセミナーは、本プロジェクトのアドヴァイザーであるステファン・ベルガー教授のゼミの時間を使用して実施されたものであり、参加学生を含めて活発な議論がかわされた。私の発表タイトルは「第一次世界大戦直後のオーバーシュレージエン/グルヌィシロンスクにおける分離主義運動の展開――オーバーシュレージエン委員会とカトリック聖職者トマシュ・レギネクを中心に」であり、第一次世界大戦後のオーバーシュレージエン/グルヌィシロンスクにおいて発生した分離主義運動を、先行研究で言われているような言語的・民族的原因や現地資本家の論理からだけでなく、その指導者であるトマシュ・レギネクという人物のカトリック的な世界観から説明しようとしたものである(詳細については別紙発表原稿参照)。この私の発表に対し、ベルガー教授などから厳しい意見・質問を頂くことができ、今後研究を発展させていく上で貴重な機会となった。今回のセミナーでの経験を、今後の研究に生かしていきたい。
- 場 所
- ルール大学ボーフム 社会運動研究所 Clemensstr. 17-19 1st floor seminar room (no number)
- 主 催
- NHCM
ルール大学ボーフム 社会運動研究所 - 報 告
- 衣笠太郎(東京大学大学院総合文化研究科 博士課程)
「第一次世界大戦直後のオーバーシュレージエン/グルヌィシロンスクにおける分離主義運動の展開――オーバーシュレージエン委員会とカトリック聖職者トマシュ・レギネクを中心に」(The Upper Silesian Committee and Father Tomasz Reginek: Upper Silesian Secession Following the First World War)
ブル・ジョナサン(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 助教)
「第二次世界大戦後の人口移動に関するミュージアム展示の比較研究―ドイツと日本を中心に」(“Post-World War 2 migration on display: a comparison of museum practices in Japan and Germany”)